=七夕 特別SSもどき?=
------------------------------
■朝の衛宮邸
「ぁおーっとっととぉ~~」
それは、早朝の茶の間の静寂を破る、
素っ頓狂な声で始まった。
「藤ねえ…いったいナニを?」
まがりなりにも一介の教師たる者が、
大きな葉と湯呑みを手に持ち、
見る者を惑わせる奇妙な……踊り?
──いけないっ!
あの踊りは、見る者から貴重な魔力を
奪うという『伝説』のスキルに違いない!
「えっと…先生、これでいいですか?」
桜が、埃を被った硯と、半紙を手に
トコトコと奥からやって来る。
…むむ? いったいナニが始まるのか?
もしや…桜まで怪しい(妖しい?)踊りを…
(ドキドキ)
「習字──を、するつもりのようですね」
桜に寄添って来たライダーが興味深げに呟く。
──ああ、そうか。
今日は…『七夕』だったか。
大きな葉は採れたての里芋の葉。
葉に載るコロコロとした朝露の雫を
器用にも?湯呑みに集めていたのだ。
集めた朝露で静かに墨を磨る藤ねえ。
見た通りお茶目な教師なのではあるが、
あれで習字の腕前はかなりのものだ。
「これでね、お習字すると字が上達するのよぅ。
ついでにね、短冊に書き込めば
願いも適うという訳で一石二鳥よねー♪」
『願い』と、そう聞いて、
かつて浅からぬ因縁の渦中にあった我々としては、
これを須らく無視することは到底出来ない…よな?
と言うわけで、習字のお時間となる。
桜もライダーも、真っ白な紙を前に
神妙な顔つきで座している。
む? ライダーって…習字できるのか。
…そういや、ライダーの願望って…?
二人は呼吸を合わせたかのように
揃って筆を手にとり、さらさらと筆を踊らせる。
俺も、脳裏に浮かんだ一文字を……
紙の上になぞりあげた。
筆を置き、一呼吸を入れる。
さて、どれどれ、と桜のを覗くと──
黒々とした墨で『平常心』とあった。
まぁ…ある意味、桜だな。うん。
で、ライダーは……
『自転車』。
そう来たか。
いや、あのチャリは絶対譲らないゾ…
で、藤ねえはというと──
それはもう玄人も舌を巻くほどの達筆で
『朝御飯、まだー?』。
「…………」
はいはい。直ぐに用意しますよ、と。
呆気にとられていた桜と目を見合わせた後、
肩を並べて台所へと移動する。
うむ。里芋の煮っ転がしでも作るか。
時に、俺が書いた文字は
『剣』
「ふふ、ベタですねシロウ」
「…………(なんでさ)」
■その夜のこと
桜は夕食の支度をしながらも
時折、台所を離れては、縁側とを往復していた。
それは空模様を気にしての事だったのだが
ここに来て、それはついに降り出してしまった。
「……雨」
おれも桜も、雨は嫌いではない。
むしろ彼女にとって雨は「悪しき」ものではなかった。
だが、今宵に限っては歓迎できぬ憎まれ役である。
仕度を終え、あとは藤ねえの帰りを待つだけとなる。
しょんぼりとした背を見せる桜の横に、そっと並び
天を仰ぎ見る。
「これじゃあ、しばらく止みそうにないな……」
空はずっと暗く、そこにあるべき星明りに代わり、
部屋の灯りに反射する雨の軌跡が視野を焦がす。
「織姫と彦星、今年は会えず終いなのでしょうか…」
「こういう年もあるってことだな。
ということは……この雨、涙雨ってことにもなるのか」
「──洒涙雨と、そう言うそうですね」
静かに桜の横に控えていたライダーが
本を片手に静かに語り始める。
織姫の星、織女星は、ベガ
一方の彦星、牽牛星はアルタイル
ベガは太陽から凡そ26光年。
アルタイルは凡そ17光年離れている。
大雑把だが、お互い15光年は離れているという。
光の速度で15年の距離。
「そんなに離れているのか…想像もつかないな」
「遠距離恋愛…なんですね。
なのに一年一度、それも晴れた日にしか
会えないなんて…」
「だな…。
でもさ、遠く離れていると言っても、
同じ銀河の星なんだよな」
「ええ。この地球のある天の川銀河は、
直径にして10万光年以上はあると言われています。
織女星と彦星の距離とは、断然スケールが違います」
「……同じ銀河(せかい)にある星と星が
その銀河(せかい)の縁によって分たれているのか」
織姫は、機を織るのがとても上手かった。
でも機を織ってばかりであったから、人と出会う機会も無く
一人長く過ごしてきた。
それを心配した父親に薦められ、牽牛の君と結婚。
だが、幸せの余り大切にしてきた機織を疎かにしてしまい
父の不興を買って、天の川によって分け隔てられてしまう。
悲しみに暮れる娘の哀願を受け、父親は、
機織りに励む事を条件に、一年に一度、再会の機会を与えた。
それがこの七月七日の七夕の夜──
「次の再会まで…また一年…」
「──いいえ、再会は実現可能です、サクラ」
「え?」
「この場にいる者のみに、ですが
実現する手立てが……あります」
突然、背筋を逆流するゾッとする感覚。
それは──ライダーの気の高まりが故。
「エミヤシロウ、魔力の蓄えは──充分ですね」
そう言うや否やライダーの長躯が視界から消え去る。
同時に魔力による衝撃が胸を貫いた。
────閃光!?
おれたちは、一瞬にして白熱とした強い光に呑み込まれる。
「ベルレフォーンッ!!」
白き有翼馬は、俺と桜、そしてライダーを背に
夜空を満たす雲を割き、天高く駈け上がって行く。
天馬は、千光年を往くが如く吶喊し
冷たい風の束が、容赦なく頬を叩いていく。
と──
その先に──黒く輝く……雲の切れ間を見た。
「あ……すごい……!」
目の前に飛び込んできたのは……星、星、星……
「宝具は大軍(てき)を屠る為のみにあるのでは
ありません。いえ…むしろ、こういった使途こそが
本来の有り様のはずなのです」
「良かった……彦星と織姫が……」
桜が、まるで自分のことのように、ふと呟く
だが、おれといえば満天と散らばる
この圧倒的な星の数に、目が回る寸前だ。
「これだけ星があると…どれが彦星で織姫星か
──わからないぞ」
「先輩、あれと──あれです」
目の利く桜が天空の二角を指し示す。
指先を追っても、特定の星に辿り付けず
桜の肩に頬を寄せ、腕から指先の延長線上に
目を走らせる。
ふむ。なるほど確かに、星の川の両岸に
明るい星が仲良く対を成して輝いている。
「感動の対面、ってとこだな。
お互い…どんな風に見えているのかな…」
ふふふ、と密やかに頬を緩ませライダーが言う。
「ここからと同じく、アルタイルから見たベガは、
さぞや眩しく輝いていることでしょう。
──ですが、ベガから見たアルタイルは
その天空に散る他の星々と、
そう変わらぬ明るさで…見つけるのは
容易ではないかも知れません」
「? なんで?」
「織女星ベガは、この地球から見える星々の中で
5番目の明るさを持ち、彦星アルタイルは
12番目の明るさを持っているようですが、
それぞれの恒星自体の明るさは
アルタイルよりベガの方が圧倒的に明るいそうです」
「それは……彦星の方は、織姫から見て
あまり目立ってない、ということか…」
「そうです、シロウ」
──なぜそこでおれの名が?
「大丈夫ですよ、先輩。
わたし、先輩の星なら、きっと──」
と、そこまで言って、その後はもにょもにょと
──ああ、分っている。
桜の視力なら、暗い星でも見つけられるだろう。
だが……おれってそんなに目立ちませんか?
「さて、そろそろ地上に降りたいところだが……」
見上げる星空は意外にも明るいのだが、
見下ろせば、そこは街の明かりすら通さぬ
雨雲で満たされている。
「そうか……。おれたちはこうして天の川を
見ることができたけれど
下で見上げている人にとって…織姫と彦星は、
会えず終い……ってことになるのか」
「……そうとも限りません。
七夕を巡る幾つかの伝承の中には、
雨の日に架かる橋、鵲橋の逸話があります。
雨によって天の川の水嵩が増し、行き来きが妨げられる時、
何処からともなく鵲(かささぎ)という鳥がやって来て、
雨の中、二人のために、その背で橋を架けてくれるという
話があります」
「そっか。……逆境の中でも、
二人の仲を想ってくれる役者がいるんだな…」
ふと、それがひどく身近に感じた。
それは次第にピントがあっていき…誰かとダブる。
窮地にあって身を挺し、結果、掛け橋となってくれた人。
ああ、そうか──
思い当たるその人が在ればこそ、今この時が紡がれている
そういっても過言ではない。
もしも、彼女がいなかったのなら……?
そう思い描いただけでも身の毛がよだつ。
「その鳥──」
『まるでライダー』
思わず桜とハモった刹那──
「わ、わぁぁあああああああああああ~~~~ぁぁ!???」
天地がひっくり返るほどの急降下!?
いや、実際、見事にひっくり返っている!
だってホラ! 足元にベガ光って!!
「っと、──失礼致しました。
どうやら…エアポケットにはまったようです」
平然と答えるライダー。
その言葉の機微が、静かに揺らいでいるのを
おれは聞き逃さなかった。
だが、あえて不問に付そう。
何故ならば…おれと桜の命運は、ライダーが
手綱よろしく握っているのだから……ぁぁ
■衛宮邸 庭
時間にして一時間くらいだっただろうか。
俺たちだけの夜間飛行は無事終了し、
雨に濡れる我が家へと戻ってきた。
「さて──」
天馬を還したライダーが踵を返し──
「先ほどの…魔力の件ですが」
「……です、ね」
──桜とアイコンタクト?
頬を桃色に染めた桜が、俺の手を取る。
「ライダーも一緒に……いいですよね、先輩♪」
「え、あ、ちょ……待…」
こうして──衛宮家の七夕の夜は
桃色風味に更けていくのであった……
■衛宮邸 同時刻の茶の間
そこに新たな文字が書き込まれた半紙は在った。
傍らには、まだ真新しい、うら若き女性の死体?
半紙に遺されたメッセージは──
「ごはん~~~~~餓死しおうにゃわfn」
翌日の朝の食卓が、もの凄かった事は言うまでもない
【終】
最近のコメント